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世界文化遺産のお墓 3

令和に入ってから初の世界遺産になった天皇や王族が眠る日本最大の前方後円墳は、
推薦書に仁徳天皇陵と表記されています。
仁徳天皇とはどのような人物だったのでしょうか。

仁徳天皇について

仁徳天皇は応神天皇の第四皇子で、記紀(古事記と日本書紀)によると
第16代目の天皇です。
亡くなる前のお名前が大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)で、
母は五百城入彦皇子の孫の仲姫命(なかつひめのみこと)です。
4世紀末から5世紀前半に実在したと見られています。

応神天皇が崩御され、皇位を菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)
と譲り合いましたが、太子の薨去(こうきょ:皇族または三位以上の人が
亡くなること)により即位したといわれています。
『日本書紀』では皇位を譲るための自殺と記され、
この間の3年は空位でした。

即位して4年、仁徳天皇は人家の竈(かまど)から煙が立ち上っていない
ことから民の貧困に気づき3年間の租税を免除したうえ、倹約のため宮殿の
屋根を葺き替えなかったそうです。
また、大規模な灌漑工事をし広大な田地を得ることにも成功しました。

これらの業績から仁徳天皇は聖帝(ひじりのみかど)と称えられています。
仁徳天皇の治める世は仁政と評され、「仁徳」の漢風諡号もこれに由来します。

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