大仏さまについて その4

今回も日本にどんな大仏さまが居るのかご紹介していきたいと思います。

奈良の大仏

「奈良の大仏」と言えば、聞いたことが無いと言う人は少ないと思います。奈良県奈良市の東大寺大仏殿の本尊である仏像、正式名称を「東大寺盧舎那仏像(とうだいじるしゃなぶつぞう)」と言い。世界最大の金銅仏として昭和33年(1958年)2月8日「銅造盧舎那仏坐像」の名で彫刻部門の国宝に指定されています。

聖武天皇により天平15年(743年)に造像の検討、実際の造像は天平17年(745年)から準備が開始され、天平勝宝4年(752年)に開眼供養会が実施されました。 のべ260万人が工事に関わったとされており、関西大学の宮本勝浩教授らが平安時代の『東大寺要録』を元に行った試算によると、創建当時の大仏と大仏殿は現在の価格にすると約4657億円の建造費が掛けられているとのことです。

現存の大仏は像の高さ約14.7メートル、基壇の周囲70メートルで、頭部は江戸時代、体部は大部分が鎌倉時代の補修されていますが、台座、右の脇腹、両腕から垂れ下がる袖、大腿部などに一部建立当時の天平時代の部分も残っているそうです。台座の蓮弁(蓮の花弁)に線刻された、華厳経の世界観を表す画像も、天平時代の造形遺品としても貴重とされています。

鎌倉大仏

鎌倉大仏(かまくらだいぶつ)は神奈川県鎌倉市長谷にある浄土宗の寺院、高徳院(こうとくいん)のご本尊で、別名長谷の大仏として知られ、阿弥陀如来の座像を象徴した鎌倉のシンボルです。
鎌倉大仏の造像や経緯については現存する史料が少なく、開基(創立者)と開山(初代住職)なども不詳となっております。鎌倉時代に成立した日本の歴史書とされる「吾妻鏡」には、1238年に僧・浄光が仏道を広めるために「大仏堂」の建立が始められ、5年後の1243年に開眼供養が行われたという記述があり、同年代の「東関紀行」という旅行日誌(作者不詳)には1242年に現地を訪れ、大仏殿は3分の2ほど完成していたこと、大仏は木造であったことが記されていたようです。その後「吾妻鏡」によると、「金銅八丈の釈迦如来像の造立が開始された」と記してあることから、この記述が現存する鎌倉大仏のことを指しているというのが定説とされています。これにより、木造と銅像の関係として木造の大仏は銅像の原型だったという説が上がりましたが、現代の定説としては、木造大仏が何らかの理由で失われ、代わりに銅造大仏が造られたとされています。同時期・同年代に戦争や天災・人災により、失われた大仏があることから、後者の説が有力となったと思われます。

高徳院の境内一体は「鎌倉大仏殿跡」の名称で国の史跡に指定され、大仏さまは正式名称を「銅造阿弥陀如来坐像」と言い、国宝に指定されています。確かな史料が少ないというミステリアスな部分をお持ちですが、成り立ちを知ることよりも、今ここに存在することをありがたく思える大仏さまです。

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